Apr. 19 エルサレムの巻 前編

12:05 Yuda はとっくの昔に ホテル前に来て準備万端であった。この人ずいぶん電話の声と印象が違う。

使用前 (電話の声のみ) 黒人の髪に飾りだらけのヤツで "Check it out, check it out" (ちぇげらう、ちぇげらうというやつですね) というノリにこっちも合わせなければいけないようなファンキー野郎。
使用後
(直接会った後) 白髪のパワフルな老人。コロンビア大学卒、銀行でコンサルタントをやっていたエリートでもある。母国語はヘブライ語。他に話せるのは英語と、ドイツ語。(日本語は「ありがーと」「さよなーら」しか知らない)

12:06 一度電話でも確認したのだが、出発前にリコンファームしておく。今回のガイドに対するペイメントは二人合わせて $350 ドルであること (もっとも 17% の消費税が追加される)、会社でなくて個人が支払うこと。ok ということで出発。電話で最初に話したときにやっぱり安くはないなあと思ったが、私と横田氏の 2人だけで、ガイドの Yuda と他にドライバー 1名を専有するわけで、道中、危険なエリアを知っていてそれを避けてもらうことを考えると、まあこんなものである。ちなみに、食事はそれぞれが自分で払う。逆に言うと、Yuda の分をわれわれ客が払う必要はない。

12:10 .軽くハイファ市内で観光。
ルイスプロムナード (実はこの名前で言って通じる人いなかったんだよねえ) から、眼下に広がるバーブ廟 (Shrine of Bab) とバハーイー庭園 (Baha'i Garden) を上から見下ろし、遠くのハイファ港の景色を堪能。

12:20 ステラ・マリス (Stella Maris) の聖母子像の前を通過し、車は一路南下しテルアビブへ。

12:25 Yuda は、電話で私と最初に話したときに宗教的なものがみたいかと聞かれて、私が I have no God と言ってしまったのがよほど印象に残っていたらしく、
Ethiest という単語を教えてくれた。ところが手持ちの辞書にないのよねえ。また調べてみます。

海岸線を南下しながら、イスラエルは 3つの季節しかないという話になる。Summer / Winter / Spring。ちょうど Summer に入ろうとしている今頃はちょうど雨も少ないってことで、イスラエルを訪れるには最高だ。

12:30 ほどなく、どうしてイスラエルに戦争が多いのかというタフな話題に移る。
詳しくないのだが、まず資源が豊富なわけではないので、資源目的ではない。
しかしイスラエルは周辺諸国にとって地理的に中心にあり、歴史的にこの地を征服することで政治的に有利になる (strategic location) 。空路、陸路ともにここを通過すると得てして戦争の原因になると。結果として、征服しようとした国はギリシャ / ローマ / モンゴル / トルコ / イギリス / バビロン(?) / (もうひとつ何か忘れた) の7ヵ国に上ったが、ユダヤ人は精神は自らのアイデンティティをキープし続けた、云々。(すいません、そのうちちゃんと調べます)

地理的な話のついでに、死海 (Dead Sea) の話になる。(今回スケジュール的に立ち寄れない)不思議なのは死海の上流の川が純水であるにもかかわらず死海にくるといきなり塩分が濃くなることである。これは、ちょうど山にさえぎられて湿気を含んだ空気が入ってこないため、上流から水分が流れてきてもそれ以上に蒸発するということらしい。

12:53 海岸沿いの発電所にさしかかる。長い 2本の煙突が特徴で、そこから送電塔が伸びている。夜通ったとき、オレンジ色の街燈が並んでいて何かと思ったが、送電塔だったのだ。 発電所の沖合いには石油プラントが浮いており、そこから浮き橋 (橋ではないと言っていた) で発電所まで送っているようだ。電気的に集塵する装置が内蔵されていて、ダイレクトに排気して上空を汚染するわけではないが、完璧に集塵されるわけではないらしい。

13:05 工業地帯 (industory area) の横を通過。ダイヤモンド、プラスチック、家具などをカバーしているそうだ。なぜか Yuda の仕事の話になり、わしはコロンビア大学を出て、Wall Bank (?) のコンサルタントをやっててねえと話し始める。 ユダヤ人がダイヤモンドを牛耳っていてその理由も説明してくれたが忘れた。

13:16 車はテルアビブに差しかかり、話題はキブツに移っていく。キブツは生活共同体のようなものらしく、個人所有の資産 (private property) を一切持たない、みんなで何でもシェアするのがポリシーだそうだ。そのポリシーは徹底しており、着ているシャツ一枚までみんなのものである。同じデザインのシャツがユニフォームのように配布され、個人の職業が固定されているわけではなく、医者だろうがなんだろうが食ったものの皿洗いも自分でやる。

ところで、どうしてもキブツの話で ある食物を Yuda が説明しているのだが、何のことを言っているのか不明なものがあった。コーなんとかと発音していて、さっき発電所の前で coal の話が出てきたので、それじゃ火は起こせるけど食えないんですけど ... とか思っていると写真のような絵を描き始める。おいおい余計わかんないぞ。「ぜってーどんな食い物か説明して見せるぜ」と気合いの Yuda 。ふとスペルを聞いてみると ... c, o, r, (伏字) というわけで、賢明な読者はすでにオチがお分かりのことであろう。
なんか気になる人はメールください。

13:35 新しいアパートの建設現場が車窓から見える。どうも一部屋分のブロックを単純に上に積み上げているようにしか見えず、もろそうである。Yuda いわく鉄筋が入ってない建物もあるそうで、地震に対して大丈夫なのかと聞いたら、stupid なので (おいおい) 単に耐震対策をやろうとしていないだけだそうな。

13:50 車は高層ビルの並ぶテルアビブを通過し、一路 Route 1 を東に目指す。
ちなみに Yuda は Motorola の携帯を持っているが、忙しいことに 3分に 1回は客や取引先から電話がかかってくる。 一番売れているのは、やはりノキアらしい。

 

 


14:38 SLOW FOR INSPECTION (監視中徐行と訳すべきか) の黄色い大きな看板を見る。パレスチナ自治区を通るせいだ。周囲は建物もほとんどなく砂煙で少しくもっており、かえって CNN や BBC News で見るような紛争地帯の匂いがする。

一気に緊張が高まる。

   
右端の写真は、ヨルダン川流域を西から望む格好になっている。

ガソリンスタンドでトイレ休憩のため停車。
正確な言い方ではないのかもしれないが、私の理解だと、宗教的にも部分的に相容れないパレスチナアラブ人とユダヤ人が、それぞれのテリトリーを決めるためにウエストバンクという地理的な表現 (geometric words と Yuda は言っていた) を用いているらしいが、ウエストバンクという表現をもってしても何が西なのか、といった風に堂々めぐりの議論が繰り返されているらしい。要するにみんなエルサレムがほしいのである。
イスラエル大使館のページをリンクしておくが、ウエストバンクというのは基本的にヨルダン川流域の西側エリアということになっているが、現在このエリアは部分的にパレスチナ自治区としてお互いに認めているところと、認めていない部分があり、ここを西のテルアビブから突っ切ってエルサレムに入るまでのコースというのは、幸い戦車も砲弾も見なかったがきな臭い感じがする。

14:47 エルサレムに入り、街らしくなってくる。人の往来はあまりないが、学校があったり、写真左のような住宅地があったりである。道路は場所にもよるが広めで整備されている。ハイファの MATAM エリア同様、エルサレムにも工業地帯がある。
15:00 エルサレム戦没者の墓に立ち寄る。広大な空間に墓と、中心に十字架が立っている。(写真右)
15:10 ヘブライ大学 (Yuda はもっともイスラエルでもっとも prestigious で、日本だと東大みたいなもん、と説明していた) の前を通過、東の丘が見える場所で停車。地図上は Mt. Scopus となっているが、ちょうど写真右手の尾根を境に、手前では雨がほどよく降るが、向こう側にいくと突然降らなくなる。つまり、いきなり砂漠になる。

15:20 ユダヤ人墓地ごしに、岩のドーム (The Dome of the Rock) を西方向にのぞむ。日本の観光地で良くある馬に 10分乗せてくれてウン千円というのと同じで、らくだが待機している。
Yuda の説明にオスカー・シンドラーの話が出てくるので、聞いてみると、このユダヤ人墓地とシンドラーの墓とは別の場所にあるのだそうだ。見たいかというから是非! と答える。


 


さて、いよいよイエス・キリストにゆかりのあるエリアに入っていく。

[キリスト足跡拡大]

15:30 昇天教会 (Chapel of Ascension)。オリーブ山にあり、イエスが一度死んだ後、復活して弟子たちに教えを伝えた後、昇天していった場所とされている。
場所は看板があるので分かりやすいが、中に入るためにはかなりせまい入口を 2つ通過しなければならない。中にはいると、キリストの足跡が残されている。

ここからキリストは昇天していったとされる。
思わず、ドームの天井を見上げる。(写真大)

一つめの入口右側には、修道院らしき入口がもうひとつあり、立入禁止になっている。意外に土産物屋というものはなく、一軒だけ入口でぽつねんと、らくだのぬいぐるみなどを売っている。出口で、通りすがりのオヤジに "Chinese?" と声をかけられ、ヤパーニだと言ってやると、そりゃ珍しいとかなんとか言っていた。

 

15:50 オスカー・シンドラーの墓 (Oskar Shindler's Grave) に到着。門を入ると、ユダヤ人である他の死者の墓がたくさん並んでおり、墓守か何かと思われる人の民家が、墓地の敷地の中にある。Yuda はシンドラーの墓の位置を彼らにきく。階段を下りてさらに下にエリアに行かなければならないことが分かる。その 1F と 2F と隔てているものは何か。階段を下りたところで振り返ると、たくさんの四角いパネルが並んでおり、死者の灰がそこに埋葬されているのだという。

シンドラーのリストという映画を覚えておいでの方も多いであろう。シンドラーは実在の人物で、第二次大戦中のナチスによるユダヤ人大虐殺を目にして、私財を投げうって救える限りのユダヤ人を救った人物である。スピルバーグ監督の非常に長い映画であるが、一度観ることをお勧めする。淀川長治のコメントにリンクしておく。

Yuda によると、しかし彼は死んだ後特別扱いされるのを望まなかったようで、たくさんの墓の中からシンドラーの墓を探し出すのはなかなか難しいが、私はガイドよりも先に探し当てた。観た人はわかると思うが、「シンドラーのリスト」に出てくる墓地のシーンは本物のようで、「ああ、あの上から人々が下ってきて、ここに石を置いて去っていくんだね」ということが分かってもらえると思う。墓碑銘の下には小さく、故郷のチェコスロバキアから送られた勲章(?) が取りつけられている。石を置くというのは、死体を食い荒らされないためのプロテクションみたいなもので、昔の儀式を簡略化したシンボリズムだそうだ。

われわれも、シンドラーの魂の平安を願って、石をひとつずつ、おいていく。

[つづき]