— 要するに書きづらい作品だったのか。

CC BY 2.0 pictureTYO
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「空飛ぶ広報室」を読んでみました。「図書館戦争」で知られる有川浩さんの作品で、2012年7月に第1刷発行。昔 TV でプロモ的な番組をやっていました。作者本人が出演し、「自衛隊の空軍」ではなく空自なんだ、という、自衛隊によく向けられる誤解についてのコメントが記憶に残っています。

ハード設定と浮いた話のバランスが絶妙な「図書館戦争」

「図書館戦争」は仁礼のお気に入り作品の一つで、現実の図書館で働く司書と自衛隊的な組織を掛けあわせたような、図書隊という架空の組織に所属する隊員が、良化特務機関という公序良俗の確保を建前として図書などメディアの検閲を行う組織と、武装による実力行使から、政治的な駆け引きまで色々と繰り広げる、というお話。

設定はかように現実感あふれるハードなパラレルワールド SF でありながら、色恋沙汰や人間の感情の機微の描写がいいバランスで織り交ぜられており、秀逸な作品です。1巻目を読んだところで、有川浩さんという方は女性なんだということに気がついて腑に落ちるところがあり、3巻目まで一気に読んで、まだ本棚のメインストリートに並べてあります。

「空飛ぶ広報室」は美談すぎる

今度は、現実の航空自衛隊に舞台を移した図書館戦争か? 読む読む! ということで、同様な「濃いから美味しい濃厚牛乳」的に練り上げられた作品であることを期待して読んでみました…が、読後感は芳しくありません。こりゃどっちかというと、ドキュメンタリーであり、トレンディードラマ (死語) であって、急いで書いたよねこれ感がハンパないのです。

あとがきを読むと、防衛省側から声がかかって始まった企画らしく。しっかりとした取材を基に書いたことは分かりますが、図書館戦争にはあったはずの、作品としてのエンターテイメント性が大きくスポイルされているのです。

「空飛ぶ…」は、航空自衛隊航空幕僚監部広報室が、自衛隊の適切なイメージを一般の人達に持ってもらうため、民放 TV 局側の番組制作に航空自衛隊の機体を提供したり、取材協力したりといった複数のエピソードから構成されています。その中で、自衛隊 – TV局間の調整で難儀したり、世間の評判が予想外にネガティブで悲喜こもごもだったりとイベントが用意されているわけですが、いかんせん起承転結の「転」が抜けたストーリーを見ているようで、期待するほどドタバタしないまま、美談で終わってしまうわけです。

軍隊ではないし広報室なので、ドンパチネタが出てくる訳もないですし、冠自衛隊なので、政治的にセンシティブなネタは書けないのだとは思います。映画ウケする派手な要素で勝負できなければできないで、人物描写の濃さに力を入れるとか、もっと曲者や逆境が主人公に立ちふさがる展開など、書き込める「濃さ」のベクトルは他にもあるはずです。

あの日あの時あの場所で…じゃ飽きる展開

ラブストーリー的な要素にしても、もう少し感情線の起伏に工夫があってしかるべきかと。

簡単にいうと、ヒロインの稲葉リカが簡単にデレすぎます。当初ジャーナリストを目指して、報道部で殺伐とした強引な特ダネ取りに明け暮れていたこの登場人物は、航空自衛隊広報室に足を踏み入れたときは攻撃的な態度からスタートしますが、戦闘機パイロットになる夢を交通事故で立たれた主人公、空井大祐との出会いなどを通じて、中の人間に共感し急速に態度が柔らかくなっていきます。

ラノベと較べてはいけないんでしょうが、今日びのツンデレヒロインは日増しに弱さや可愛げがなくなっています。ツンの時間が著しく長く、ヒーローに対して攻撃的な態度を取り、戦闘能力も高い。逆にデレの配合比率が著しく低くなっています。つまり作品のほとんどでサドヒスティックなキャラだが、ブレないキャラそれがいいと。たまにミリ秒単位でふっと柔らかい面を見せ、落差で主人公がコロリといくと。そういう王道パターンからすると、今回のヒロインは簡単に染まりすぎ、良い人になりすぎで、すぐカメラは回すけど、機転の良さとか、人を惚れさせる魅力に乏しい気がします。

登場人物のお約束にも賞味期限

この作者の真髄は、組織における制約の中で活躍する人間ドラマなんだと思いますが、「采配に優れた上長」「温厚で知性派の女房役同僚」「鉄砲玉ですぐ飛び出すキレンジャー、性別は女性」と、登場人物のフレームワークに図書館戦争と類似点が認められ、それが安心感をもたらす反面、そのパターンばっかりだと飽きちゃうよねという気もします。

「空飛ぶ広報室」はドラマ放映中のようですね。いかにもドラマの脚本にしてくださいと言わんばかりの原作でした。
深田恭子主演の「TOKYOエアポート~東京空港管制保安部」の方が、同じ事故が起こせない制約下でも、まだ大空港あわや大惨事クライシス要素ありで楽しめた気がします。

もっと、キレていきましょう、と自戒を込めて。